大ピアニストの横顔

ラザール・ベルマン
20世紀のロシアピアノ界を代表するピアニスト、ラザール・ベルマン氏が亡くなったのは、2005年の事でした。1977年に初来日した際には、幻の巨匠とキャッチコピーがついていた程の大ピアニストです。そのベルマン氏は、竹内先生と妙にうまが合っていたらしく、二人は大の仲良しでした。ですから、先生が亡くなってすぐ後にベルマン氏の訃報を聞いた時には、先生がベルマンを呼んだのかも知れない、と思ってしまったほどです。

ラザール・ベルマンと竹内先生

先生から伺ったベルマン氏のお話をご紹介します。

ある晩遅い時間に先生のお宅の電話が鳴りました。今頃誰だろう?と電話に出ると、ベルマンではありませんか。(ベルマンはその時来日していました)しかも、どうやら泣いている??どうしたの?と聞くと、「さっき、ホテルのトイレに入れ歯を落っことしてしまったんだ。どうしよう。もう演奏会に出れない。ピアノが弾けない~。」と泣いていたそうです。翌日に先生行き付けの歯医者の先生に無理にお願いして、何とか演奏会に間に合うように入れ歯を作ってもらって、ことなきをえたそうです。

次の話は、先生宅にレッスンで伺った時に起こった話です。レッスン中に電話が鳴りました。ベルマンからで、今演奏会の移動中なんだけど、乗り換えの為に東京駅で少しだけ時間があるので、その間に竹内先生に会えないか?という内容でした。少ない時間でも会いたいとは。なんて仲のよいお友達なんだろう。再会に言葉はいらないのでしょう。などと思っていた私は、後日レッスンで先生から聞いた話には拍子ぬけ。「15分位しか話せなかったけど、とても面白い話を聞いてきたよ。」と先生。再会の姿を想像しながら、「どんなお話をされたんですか?」と聞くと、「それが、ロシアのジョークなんだけどね。こういう話さ。」《二匹のハエが食事をしています。突然一匹がプッとオナラをしました。すると横で食事をしていたもう一匹がこう言って怒りました。やめてよ!今、食事中なんだから!!》意味が分かりますでしょうか。ヒントは、ハエの食事って何?です。

変な人達。と、あまり面白そうに笑わない私にショックを受けた先生は、「やっぱり僕の話し方じゃ面白くないんだ。ベルマンが話すとそれは上手なんだけど・・。」とガッカリしていました。ベルマンは、この手のロシアのジョークを沢山知っていて、パーティーなど、人の集まる所で披露していたそうです。

そのベルマンさんに、一度だけ会わせて頂きました。2000年にカザルスホールで来日公演をされた時の事です。楽屋に会いに行くんだと、廊下に並んでいらっしゃる大勢のファンの横をすり抜けて楽屋に入りました。間近で見るベルマンさんの大きい事といったら。まるで巨大な熊のようです。二人は、握手をしたりポンポンと肩を叩いたりして再会を喜んでいる様子。その後、私の事を紹介して下さり、三人並んで席に着きました。計らずとも、間近でファンの方々への応対を見れる事になり、興味津々で様子を見ていました。サインを頼む人。ピアニストでしょうか。CDをベルマンさんに渡している人も多くいるのには、驚きました。すると、綺麗な若い日本人と思われる女性の番になりました。すると、突然ベルマンさんに飛び付いたではありませんか。挨拶としては、濃厚か?何なんだ?と思った瞬間、横にいる竹内先生が、「あの女性はなんだろうね。嫌な感じだね。」と顔をしかめておっしゃいます。そしてその女性が去ると、すかさずベルマンさんに、あの女性は誰かと尋ねました。ベルマンさんの答えは「知らない。」まんざらでもない応対の仕方だったのですが。

全員が去った後で、私もサインを頂きました。先生が、MIEKOさんと名前を書いてね。とおっしゃると、ベルマンさんスペルの確認をするために私の顔を覗き込みました。その目の優しい事といったら。今でも暖かさを帯びた優しい眼差しを思い出します。